あれが安達太良山、あの光るのが・・・

安達太良山と阿武隈川のもとで、平凡に生きるオヤジのありふれた日常・・・

稚児舞台(ちごぶたい)


(稚児舞台と稚児桜:二本松市

4月27日、日曜日の早朝は家中が深い眠りに落ちています。

みんな寝ている間に、ちょっと散歩のつもりで“RFX8”に跨って家を飛び出しました。



本宮市内だって、まだほとんどの人は日曜の朝の心地よい眠りをむさぼっているようです。人っ子一人いない中の橋を渡り、県道73号に乗り入れました。きょうは午後から用事があるので午前中のうちにひとっ走りしようという訳なんです。

目的地は“ENDLESS”の“hideさん”や“ピナ男さん”が度々練習しにいくという二本松市木幡の漕艇場や飯野町の堰堤公園です。初めての所を走るというワクワクした気持ち、ひょっとしたら“hideさん”や“ピナ男さん”と会えるなんていう偶然もあるかもしれないしね。



阿武隈川にかかる“安達太良大橋”の下をくぐり、川沿いの新緑の変化に富んだ景色を堪能しながら走ります。



いま山沿いの土手はどこも、文字通り“山から吹き出したような”ヤマブキが花盛りです。



73号は本宮市白沢から二本松市に入って、この一番高い場所からは今まで走ってきた道を振り返ることができます。しかも晴れていれば安達太良や吾妻も一望できるんです。きょうはあいにくの天気です。



道ばたのようやく咲き始めた八重桜は、なんだかバレリーナのチュチュドレスのようです。ハハハ、“チュチュドレス”はネットで調べたから分かるんです。その手の趣味は無いですから。でも見た感じとっても柔らかそうで本当にそんな風に見えるでしょう。



そうこうしている間に、こないだ“ワイフ君”と来たばっかりの『安達ヶ原ふるさと村』に来てしまいました。ここから県道62号を二本松市太田方面に向かって走ります。そう言えば、前に“ピナ男さん”のブログでハンドルバーなどでお馴染みの“NITTO”の工場があるという記事を読んだことがありました。道の途中なので寄ってみることにしました。



『日東福島工場』と大きく書かれていました。休日の工場の正門は閉じられていましたが、ご覧のように自転車の部品を製作している会社だと一目瞭然でした。みなさんの自転車のあちこちを探してみてください、きっと少なからずお世話になっているはずです。



さらに進んでいくと、驚いたことに一見お城風な住宅が・・・。よく見るとそれこそ二本松の霞ヶ城の箕輪門のようであります。そのうち天守閣が現れたりするのかも知れません。



62号から左折して阿武隈川にかかる“智恵子大橋”を渡り広域農道を進みます。すると現れた交差点の標識に『七石山公園』の文字が・・・。わたしはこういうのに滅法弱いんです。これは行ってみるしかなさそうです。



『七石山公園』を目指して進んでいくと、『稚児舞台2.7km』の看板がありました。稚児舞台は以前に見たことが有りますし、“ピナ男さん”のブログにも記事がありました。とりあえず行ってみることにしたんです。

すると犬を連れた散歩のご婦人がおりました。
「『七石山公園』ってどこなんでしょうか?」
「どっちからこられたんですか。大きな岩が沢山あったところは見なかったですか?」
「ああ、それなら来る途中にありました。何か曰くありげなところだなあと思って見てきました。そこが『七石山公園』だったんですか。ところで『稚児舞台』はどこからいったらいいんですか?」
「ここからこの細い道を下って行くとすぐですよ」
「どのぐらいありますか、200m、300mぐらい?」
「・・・。ほら、提灯が見えるでしょう」
ところが、わたしは目が悪いのか、見ているところが違うのか、提灯なんてちっとも見えないんです。でもご婦人が“すぐ”というのですからスグなんだと思いました。
「ありがとうございました。行ってみます。自転車では行けないですよね。ハハハ」
道は細くて歩いていくほかは無さそうです。近くの桜の木にロックしました。いちおう新車のうちだけは大事にしないとね。



たしかに道は続いていますが、提灯なんてちっとも出てこないんです。もう随分歩きました。それこそ200mや300mではきかないはずです。



そういえば、神社があるなんて言っていたような・・・。それがここだとするともう少しなんだと思います。ところが、ここからさらにさらに歩きました。出だしからは、かれこれ1キロぐらいは歩いたような気がします。と、突然前方にそれらしい景観が見えてきました。



ほほー、ここが稚児舞台か。その昔見たときはここの対岸からでしたから、まったく始めて見る景色でした。



提灯!! ご婦人が言っていたのはこの提灯だったようです。するとあの場所からもおそらく見えていたんだと思います。わたしは目が悪いので見えなかっただけなのです。でも“すぐ”という距離にしては大変なものでした。帰りも同じ距離を帰らなければならないのですから・・・。



そこは阿武隈川が大小沢山の岩の間を大きく蛇行して流れている、とてもダイナミックな景観の場所でした。「すごい!!」以前に見た景色のはずですが、これほどだったように記憶していないんです。



岩の割れ目にはよく生きていると思われるように、ユキヤナギが沢山自生しているんです。じつはこのユキヤナギが“稚児桜”といわれるいきさつをこのあと知ることになります。



この稚児舞台の対岸の島山は平成7年に第50回国体のカヌー競技(スラローム・ワイルドウォーター)が行われたところです。ほら、よく目をこらすと川の上にかかるロープに旗門が下がっているのが見えるでしょう。

ここで、さんざん時間をとってしまったわたしは、1キロ以上有ったと思われるいま来た道を自転車まで引き返しました。ところがここでタイムリミット。午後の用事というのはご近所のお宅のお葬式なんです。二本松市木幡の漕艇場や飯野町の堰堤公園は残念ながら次回に回すとして、とりあえずここから引き返しました。

帰り道、智恵子大橋を渡ったところから島山(稚児舞台の対岸)へ続くような川沿いの道が見えました。これは行ってみるしかなっそうです。クネクネと蛇行した川沿いの道は南側に山がそびえていて、夏の間は日陰の道になって自転車には最高だと思いました。



ほら見えてきました。やはり島山まで続いていました。到着するとカヌーを練習しに来た学生風の方たちが数人おりました。そしてそこには稚児舞台の説明が書かれた案内板がありました。



ところが、この稚児舞台のいわれには諸諸説説があるようですが、この案内板の解説がなんだか哀愁があって、稚児桜(ユキヤナギ)の呼び名とともに心に残りました。そして午後の用事が滞り無く済んだわたしは、自転車で走った道を今度は“ワイフ君”を伴って自家用車で訪れました。



ここへのルートは車が少ないし、みちのく自転車道のように路面も荒れてはいなくて最高でした。ということで、わたしの新たなルートに加えることにいたしました。特に暑い夏の日曜日なんて、朝早くこのルートを走ったら最高でしょうね。それから移りゆく季節も追ってみたいなと思いながら、春の花咲き乱れる島山を後にしたのでした。