
(関山頂上の観音様)
(2008.7.7 9:11am)
天気予報では、7月7日のきょうは雨。安達太良は、かろうじてそのシルエットが見えるだけ。せっかくの休みなのですが、あいにくの天気です。きょうは先日自転車で下見をしていた栃木県『道の駅東山道伊王野』へ、さっそくですが“ワイフ君”を連れて蕎麦を食べにいこうという訳なのです。
まずは白河の関をめざして車を進めます。すると、自転車で通ったときにもそうだったのですが、少しだけ気になる案内板があるのです。『関山 満願寺(せきさん まんがんじ)』と書かれたその標識、自転車だったら“いきはよいよい、かえりはこわい”なんていうことにならないとも限りませんが、きょうはクルマですからとりあえず行ってみることに・・・。
ところどころにある案内板を頼りに、どうにか入り口を見つけることが出来ました。舗装が途切れ最後の民家の前にたどり着きました。少し砂利道を進めば駐車場があるとのことでしたが、『ここに車を置いて行ってらっしゃい』という民家のおばさんのお言葉にあまえて、雨で濡れた細い砂利道を車で登るのはヤメにしました。パラパラ落ちてきていた雨は上がったようですが、わたしは革靴なのです。『関山登山道』という看板に少し気になる雰囲気が漂いますが、とりあえず砂利道を登り始めました。
四輪駆動の自動車なら行けそうな砂利道を延々と歩きますが、それらしい雰囲気がなかなか現れません。何度か引き返そうと思いました。
“ワイフ君”は
「わたしはここで待っているから、先に行って見る価値があるようだったら、大声で叫んで」
などと言って足を止めてしまいました。
「じゃ、ここで待ってろよ」
なんて言って再び登り始めます。道路脇に何丁目などと刻まれた石柱が時々現れるのが、引き返そうという気持ちをかろうじて抑えているのです。
なにやら水が勢いよく噴き出す音とともに、不動明王が現れました。ああ、ようやくたどり着いた!と思ったら・・・。
そこからまたまた延々と山道は続いて・・・。もう大声をあげても“ワイフ君”には声が届かないかもしれません。それほど先に進んで来てしまっているのです。
もうほとんど諦めかけたときに駐車場が現れました。やはり四輪駆動の車だったらここまで来れるようです。もう“ワイフ君”を呼ぶことは諦め、わたしだけがしっかりとこの目で見たら、せめて写真だけでも撮っていって見せてやろうと思いました。
人気が無く締め切りになっている社務所らしきところを過ぎると、鐘楼が現れました。
どうやらようやくたどり着いたようですが、結局はこの関山の頂上まで登って来てしまったようなのです。
ここへは芭蕉と曾良も訪れているそうなのです。
標高618.5mの頂上からは白河市内が一望出来ました。天気が良ければ最高の眺望が楽しめたのでしょうけれど、雨上がりの霞んだ大気の向こうに南湖公園がかすかに見て取れました。全身汗だくですが、とりあえず写真も撮って戻ろうとしかけたとき、“ワイフ君”が息も絶えだえの状態で現れました。途中までではやはり悔しいからと登ってきたそうなんです。
そうそう、ここからは富士山も見えるようで、専用の“のぞき台”が設置してありました。残念ながらきょうは無理でしたけれどね。
雨はすっかり上がって、木々の間から光が射してきました。帰りは少し余裕が出来て草花を眺めたり(写真左はマタタビの花)、木苺を食べたりしながら降りてきました。午前11時ごろに登り始めて、降りてきたときは12時40分になっていました。
途中、三森家長屋門や伊王野温泉(いおうのゆぜん)神社の大杉を見学しながら『道の駅東山道伊王野』へ到着したときは午後2時になろうとしていました。
ここで念願のお蕎麦を食べたり、そばソフトクリームを食べたりするうち、先ほどの関山登山の疲れもいくらか和らいだようでした。そして道の駅で近隣の案内板を見て、付加価値をつけながら帰途につくことにしました。
付加価値<その1>北向き地蔵、『道の駅東山道伊王野』からすぐのところにある大きな石の地蔵様でした。
付加価値<その2>霞ケ城跡、伊王野を見下ろす小高い山まで道路が続いていました。上には東屋とところどころに古い石の像がありました。
付加価値<その3>堂の下の岩観音、見ての通りです。
結局、自転車で一日がかりで走ったところを、一日がかりであるいてきました。本当は新しいルートを見つけようという目論みがあったのですが、関山登山の番狂わせがあって時間切れとなってしまいました。
帰りは南湖公園をかすめてきました。そして、そこから見えたこの山が関山だと思いました(違っていたらゴメンナサイ)。なんだかきょうの革靴登山は自転車以上に疲れました。